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東京地方裁判所 平成6年(ワ)25830号 判決 1995年11月30日

原告

高塚哲夫

木村静子

久光茂子

右三名訴訟代理人弁護士

菅野敏之

被告

株式会社住友銀行

右代表者代表取締役

臼井孝之

右訴訟代理人弁護士

須藤英章

岸和正

右訴訟復代理人弁護士

赤川公男

主文

一  被告は、原告木村静子に対し金一五〇万円、原告久光茂子に対し金一〇〇万円及びこれらに対する平成六年九月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告高塚哲夫の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告らの勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告高塚哲夫(以下「原告哲夫」という。)に対し金五〇万円、原告木村静子に対し金一五〇万円、原告久光茂子に対し金一〇〇万円、及びこれらに対する平成六年九月一七日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告に対する定期預金債権を相続した原告らが、その払戻しを求めた事案である。

一  争いのない事実等

以下の事実は、当事者間に争いがないか、引用の証拠によって認めることができる。

1  被告は銀行取引を営むことを業とする株式会社である。

2  亡高塚よし(以下「亡よし」という。)は、平成五年一月一九日、被告の池袋支店に定期預金として三〇〇万円を預け入れた(以下「本件預金」という。)。なお、亡よしは、被告池袋支店扱いの預金として、本件預金とは別に一九〇〇万円の定期預金も有していた。

3  亡よしは、同年八月二三日死亡し、法定相続人である原告らが相続した。原告らの法定相続分は原告哲夫が六分の一、原告木村静子が二分の一、原告久光茂子が三分の一である。

4  被告は、同年八月二五日、原告哲夫の氏名を詐称したマツイハルオなる男(以下「マツイ」という。)の求めに応じて、本件預金を解約の上三〇〇万円をマツイに対して払い戻した(乙一〇の一ないし三、一一、一二、証人白木恒彦、被告木村静子本人)。

5  原告らは、平成六年七月一五日、遺産分割調停において、法定相続分に従って、本件預金債権中原告哲夫が五〇万円、原告木村静子が一五〇万円、原告久光茂子が一〇〇万円、それぞれ取得する旨を合意した(甲一)。

二  被告の主張

1  被告は、本件預金の払戻しを請求したマツイを亡よしの法定相続人の一人である原告哲夫であると過失なく信じて、払戻しに応じたものであり、右弁済は債権の準占有者に対する弁済または受取証書の持参人に対する弁済として有効であり、本件預金債権は消滅した。なお、被告がマツイを原告哲夫であると信じたのは、①亡よしは生前マツイと同居しており、被告行員に対してマツイを「哲夫」と紹介していたこと、②マツイは払戻請求当時、定期預金証書、銀行届出印を所持していたこと、③被告行員がマツイに対して本人確認を行ったところ、マツイは身分を証明すべき免許証も保険証もないとのことであったが、「高塚哲夫」名義のアパートの賃貸借契約書、電気・ガスの領収証等を所持しており、右アパートの大家の妻も同人を「哲夫」であると確認したこと、⑤マツイは「高塚哲夫」の名前で現に亡よしの葬儀を申し込んでいたこと等の事実確認に基づくものであり、被告に過失はないというべきである。

仮に、本件預金債権の全額について弁済の効力が認められないとしても、原告哲夫が相続により分割承継した五〇万円(本件預金債権の六分の一)の限度では、債権の準占有者に対する弁済として有効である。

2  仮に、右主張が認められないとしても、以下のとおり、本件預金債権は一五〇万円の限度で消滅している。

(一) マツイは、本件預金の払戻金三〇〇万円のうち一五〇万円を亡よしの葬儀費用に充てたところ、これは共同相続人全員の共益費用であり、右一五〇万円の部分についてまで原告らが返還を求めることは信義則違反ないし権利濫用である。

(二) 仮に、本件預金の払戻しが無効であるとすると、原告らは、被告の損失の下に右葬儀費用の出費を免れたことになるから、被告は原告らに対して一五〇万円の不当利得返還請求権を有しており、又は被告は義務なくして原告らのために葬儀の挙行という事務管理をマツイとともに行ったということができるから、被告は原告らに対して事務管理に基づく一五〇万円の償還請求権を有している。被告は、右不当利得返還請求権または右償還請求権を自働債権として、原告らに対する預金返還債務と相殺する(平成七年一一月二日の本件口頭弁論期日における相殺の意思表示)。

三  原告の主張

共同相続人の一人から預金の払戻請求があった場合、銀行としては、①右請求者が相続人本人であることについて、免許証や印鑑証明書等による確認を行うべきことはもとより、②戸籍(除籍)謄本により相続人の範囲を確認すること、③共同相続人全員の連署・連印(印鑑証明書添付)による預金払戻依頼書を徴してその代理権を確認することが一般的な取扱いであり、本件においても同様の確認を尽くすべき義務があったというべきである。ところが、被告は亡よしが死亡した事実を知りながら、これらの必要な確認手続をすべて怠り、漫然とマツイの言を信じて本件預金を払い戻したものであり、被告に過失があることは明らかである。

第三  争点に対する判断

一  前提事実について

右争いのない事実等に、甲五、乙一ないし二二(枝番を含む。)、証人白木恒彦、原告木村静子本人を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  亡よしは、平成五年一月一九日(以下月日のみをもって表記する場合は全て平成五年の意である。)、マツイと共に現金一九〇〇万円を持参して、被告池袋支店を訪れ、三〇〇万円を本件預金として、一六〇〇万円を自由金利定期預金としてそれぞれ預け入れた。その際、亡よしは、被告池袋支店営業課員佐藤哲夫に対し、マツイを「哲夫です。」と紹介し、マツイも「息子さんですか。」という右佐藤の問いに頷いてこれを肯定した。

2  亡よしの担当となった被告池袋支店取引先課員福井康は、三月ころ、右自由金利定期預金の継続手続の案内のため、亡よしのアパートを訪れたが、その際、亡よしは、福井に対して「哲夫」と二人暮らしである旨話した。

3  その後、亡よしは、三月三一日、五月六日、七月一九日の三回にわたり被告池袋支店を訪れて、右自由金利定期預金の継続手続及び右預金額を一六〇〇万円から一九〇〇万円に増額する手続をしたが、いずれの来店時にもマツイを同行していた。

4  亡よしは八月二三日死亡したが、マツイは、同日夜、原告哲夫の名前で被告池袋支店に電話をして、亡よしの死亡を知らせるとともに、葬式費用が必要であるとして本件定期預金三〇〇万円の解約を求めた。

5  翌八月二四日、右福井及びその上司である被告池袋支店取引先課長白木恒彦(以下「白木」という。)は亡よしのアパートを訪れ、自らを原告哲夫であると名乗るマツイと面談した。白木はマツイに対し、本件定期預金の解約、払戻しを行うためには、除籍謄本、戸籍謄本、相続人全員の連印のある解約同意書類、相続人全員の印鑑証明書が必要である旨を告げたところ、マツイは改製原戸籍謄本及び除籍謄本(乙二ないし六)及び亡よしの死亡診断書を示した。そこで、白木が右戸籍謄本等に基づいて家系図をその場で作成して法定相続人の確認作業を行ったところ、「哲夫」は亡よしの子ではなく甥であること、他に原告久光茂子が法定相続人の可能性があること、その他の法定相続人の存在は右資料のみからは確定できないことが判明した。白木がこれらの点をマツイに確認したところ、マツイは「亡よしは母親代わりのようなものだった」「久光茂子は平成三年に死亡した」「木村静子が相続人の可能性があるが、他は皆死亡している」旨を説明した。また、白木が必要書類を揃えて欲しいと求めたのに対しては、マツイは「書類は久喜市まで取りに行かなければならないが、今日はすでに役所が閉まっているから明日の葬儀に間に合わない。木村静子の電話番号は分かるので、電話確認で何とか払戻しができようにして欲しい。」と懇願した。

6  白木は以上の資料及び説明、マツイの年格好(戸籍上の生年月日から原告哲夫は満五五歳と分かるところ、これに見合う年格好であった。)等から、亡よしの法定相続人は原告木村静子及び原告哲夫(ことマツイ)の二名であると考え、いったん被告池袋支店に戻り、マツイに教えられた電話番号を使って原告木村静子に電話をかけ、本件預金の解約払戻しについて了解を求めようとした。ところが、原告木村静子は、亡よしの死亡をこの電話で初めて知らされたものの、生前亡よしとは比較的疎遠であったこと(原告木村静子は亡よしの葬式にも欠席している。)、自らが亡よしの法定相続人であるとの明確な認識もなかったことから、自分とは関係ないという趣旨の返答をしたにとどまり、白木が「それでは解約の手続をさせて頂きます」と告げたのに対しても特に異議を述べなかった(甲五及び原告木村静子本人中電話口でのやり取りについての右認定に反する部分は、乙一二、一三及び証人白木に照らして採用できない。)。

7  白木は、同日夜、再度右アパートを訪れ、マツイが原告哲夫であることの確認をしようとしたところ、マツイは、運転免許証も保険証も持っていない、住民票は間に合わない、印鑑登録はしていない旨説明したが、これらに代わるものとして、亡よしと「高塚哲夫」の連名による右アパートの賃貸借契約書、「タカツカテツオ」宛の電気・ガスの領収証、右アパートに引っ越した際の「高塚哲夫」宛の運送代金請求書を提示した。さらに、白木は、右アパートの大家の妻からもマツイが「哲夫」であることを確認してもらい、また、葬儀屋にも電話をして、翌日亡よしの葬儀が「高塚哲夫」の依頼により行われる予定となっていることを確認した。

8  以上の確認結果から、白木はマツイが原告哲夫であると信じて、本件預金の解約払戻しに応ずることとし、副支店長の了解も得た上、マツイから「高塚よし相続人代表高塚哲夫」名義の払戻請求書及び「本件に関して貴行には一切迷惑をおかけしません」などと記載された念書の作成を受けて(いずれも銀行届出印で押印)、本件預金の定期預金証書を徴して、翌日の支払いを約した。

9  翌八月二五日、前記福井が葬儀会場である落合斎場に本件預金の解約払戻金三〇〇万円を持参し、現に通夜の用意が進んでいることを確認した上、マツイにこれを交付した。

10  福井はマツイに対し、不足している関係書類を九月八日までに揃えておくよう依頼したが、その後マツイからの連絡がなく、九月一〇日に白木がマツイから事情を聴いたところ、マツイは「自分は原告哲夫ではなく、マツイハルオである。高塚きい子(亡よしの姪)から、失踪した原告哲夫になり代わって亡よしの面倒を見て欲しいと頼まれ、平成三年九月から亡よしと同居して「高塚哲夫」と名乗るようになった。その後は土方をして亡よしの面倒を見ており、三〇〇万円位は自分が稼いだ金だ。亡よしが入院したときも死亡したときも原告木村静子は来なかったので、自分一人で葬式をやるしかなかった。自分が原告哲夫でないと分かると預金の解約ができないと思い、原告哲夫であると嘘をついた。払戻しを受けた三〇〇万円のうち一五〇万円程度は亡よしの葬儀に使った。」旨の説明をした。なお、マツイが支出した葬儀費用の内、白木がマツイの所持していた領収証により確認できたのは七一万三八四二円である。

11  被告の預金払戻しの実務において、預金者が死亡して共同相続人から払戻請求があった場合の取扱いとしては、原則として、戸籍(除籍)謄本による相続人の確認と印鑑証明書による相続人全員の払戻意思の確認を行うべきことが内部的に定められているが、例外として、預金の払戻しに緊急やむを得ない事情があり、かつ、払戻しまでに印鑑証明書による相続人全員の意思の確認が不可能又は極めて困難な場合には、支店長の判断で右原則的な手続を履践することなく便宜の方法で払戻しに応ずることを認めている。

二  マツイを原告哲夫と確認したことについて

以上の認定事実に基づいて判断するに、まず、被告が本件預金の解約払戻しに応じた際、被告の担当者は亡よしの死亡の事実を知っていたものの、マツイを亡よしの法定相続人の一人である原告哲夫と信じたことは明らかである。そして、①亡よしは、生前マツイを被告池袋支店に同道して同人を「哲夫」と紹介していたこと、②マツイは亡よしの生前から「高塚哲夫」と名乗って亡よしと二人暮らしをしており、このことは、アパートの賃貸借契約書、領収証等の関係書類や大家の妻の確認結果から明らかであったこと、③マツイは本件預金の預金証書、銀行届出印、亡よしの死亡診断書等を所持しており、亡よしの葬儀の申込みを行い、事実上葬儀を主宰していたこと、④マツイは年格好からも原告哲夫であると考えるのに不自然でなかったこと等の上記認定事実に照らすと、被告の担当者において、マツイを原告哲夫であると誤信したのは無理からぬことと考えられる。

原告らは、運転免許証、保険証、印鑑証明等による本人確認を怠った被告には過失があると主張するが、これらは本人確認のための唯一絶対的な手段ではなく、被告の担当者がこれらの提示をマツイに求めたのに対し、マツイが所持していない旨回答したことは前示のとおりであり、被告の担当者が行った前記認定のような本人確認の経緯に照らすと、マツイが真実原告哲夫であるかどうかの確認過程に関する限り、被告において銀行として当然要求されるべき注意義務の懈怠があったということはできない。

三  準占有者弁済の範囲について

1 右のとおり、マツイは亡よしの法定相続人である原告哲夫であるかのような外観を有し、被告はその旨を過失なく信じたというべきであるが、原告哲夫は相続分六分の一を有するに過ぎない法定相続人であるから、原告哲夫が亡よしの死亡によって当然に分割承継した本件預金債権は、その六分の一である五〇万円の限度にとどまる。そうすると、以上の事実のみから債権の準占有者に対する弁済と認められる範囲は右五〇万円の限度にとどまり、これを超える部分、すなわち原告木村静子、同久光茂子の分割承継した部分についてまで、債権の準占有者への弁済が成立するためには、原告哲夫ことマツイが唯一の法定相続人であるとか、全法定相続人の代理人であると考えるに足りる外観を有し、かつ被告においてその旨を過失なく信じたことが必要と解されるから、進んで以下検討する。

2 まず、被告の担当者において、原告木村静子が法定相続人の一人の可能性があることを現に認識していたことは前示のとおりであり、マツイが原告木村静子の代理人として本件預金の払戻しを請求したものでないことも前記認定から明らかである。なお、被告の担当者が、原告木村静子に電話をして本件預金の解約払戻しを承諾するか否か確認したこと、これに対し原告木村静子は、自分には関係ないとの趣旨の返答にとどまり、本件預金の払戻しについて特段の異議を述べなかったことは前示のとおりであるが、原告木村静子の右対応は、亡よしの死亡に伴う雑事に関わり合いたくないという態度を表明した趣旨に理解するのが相当であり、本件預金の払戻しを積極的に委任したとか、承諾したものと解することはできず、右電話確認の事実をもって、被告が原告木村静子の分割承継した本件預金債権部分の払戻しを正当化するものではない。

次に、原告久光茂子についても、被告の担当者は、戸籍謄本等からは法定相続人である可能性のあることを認識しながら、同人は既に死亡した旨マツイから説明を受け、何らの裏付け調査を行うことなくこれを信じたに過ぎない。なるほど、本件預金の払戻しは、葬式費用の支出を間近に控えて緊急性が高い状況下で、戸籍(除籍)謄本を取り寄せるだけの時間もなく、他に必ずしも適当な確認方法がなかったことは窺われるが、そうであれば、原告久光茂子の相続する可能性のある部分を留保するなどして対応すべきものであり、原告久光茂子がすでに死亡しているとの事実を誤信した点につき、被告に過失があったことは否めない。

以上により、原告哲夫の分割承継した五〇万円の範囲を超えて債権の準占有者に対する弁済を認めることはできないというべきである。

3  ところで、亡よしには本件預金のほかに一九〇〇万円の大口定期預金があり、本件預金三〇〇万円と併せた計二二〇〇万円の全体の枠で考えると、本件預金全額の払戻しは、原告哲夫の法定相続分(三六六万六六六六円)の範囲内の払戻しとなる。そして、証人白木によれば、被告の担当者において、右の事情は本件の払戻しを決断する上で極めて重要な要素であったことは明らかであり(もっとも、この時点では被告の担当者は原告哲夫の法定相続分を誤解していたことが窺われるが、被告の担当者の認識においても、結果論においても、二二〇〇万円の枠内で考える限り、三〇〇万円は原告哲夫の法定相続分の範囲内にとどまっていたことに変わりはない。)、また、一般に預金者側に不利な定期預金の満期前解約を最小限度の範囲にとどめる趣旨で本件預金のみを解約し、その全額の払戻しという方法を選択したことは、その限りで理に適った処理といえないではない。しかしながら、現実の手続が本件預金のみの解約払戻しとして処理されている以上、被告の担当者において、右大口定期預金をも視野に入れた処理を考えていたとしても、それは、本件預金の払戻しが事後的に問題となった場合に事実上の調整が可能であるという期待に過ぎず、本件預金債権と右大口定期預金債権とは、あくまでも別個独立の債権であると考えざるを得ない。そうすると、被告が本件預金債権につき、原告哲夫の取得すべき範囲を超えて払戻しをした事実を覆すことはできず、前記の結論となることはやむを得ない。

四  被告のその他の主張について

1  被告は、債権の準占有者に対する弁済と併せて、受取証書持参人への弁済の主張をするが、被告において預金者である亡よしの死亡を知っていた本件において、マツイが定期預金証書、届出印を持参していたとしても、受取証書の持参人ということはできない。

2  被告は、本件預金の内葬式費用に充てられた部分についてまで払戻しを請求するのは信義則に反し、権利の濫用に当たる旨主張する。たしかに、本件預金の払戻しは亡よしの葬式費用への支出のために行われ、その一部は現に右葬式費用という相続人全員が共通で負担すべき共益的な性格を有する支出に充てられたものであるが、預金を預る銀行が無権利者に払い戻してしまった本件において、信義則違反ないし権利濫用を基礎づけるに足りないというべきである。

3  次に、被告は、原告らに対して葬儀費用相当額の不当利得返還請求権ないし事務管理に基づく費用償還請求権を有している旨主張する。しかし、被告は直接にはマツイに本件預金の払戻しをしたに過ぎず、その使途が亡よしの葬儀費用とされていたとはいえ、実際に右葬儀を挙行したのはマツイであるから、被告の損失(預金の払戻し)と原告らの利得(葬儀費用の支出を免れたこと)との間には直接の因果関係は認められず、右不当利得返還請求権の主張は理由がない。また、事務管理についても、被告自身が亡よしの葬儀の挙行という事務管理を行ったと認めることはできず、これらの債権を前提とする被告の相殺の抗弁は理由がない。

五  まとめ

以上のとおり、原告哲夫は本件預金中五〇万円を、原告木村静子は同一五〇万円を、原告久光茂子は同一〇〇万円をそれぞれ相続により取得したところ、このうち原告哲夫の分割承継した五〇万円部分については、その準占有者であるマツイに対して有効な弁済がなされていることとなる。よって、主文のとおり判決する。

(裁判官宮坂昌利)

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